2014年6月6日金曜日

【展示会】第30回化学反応討論会【2日目】~【最終日】

本日、第30回化学反応討論会 最終日でございます!!

ノベルティーもご用意しておりますので、ぜひお立ち寄りください☆

雨が多くなるこれからの季節にぴったりな、例のノベルティーもご用意しておりますよ(^^)/



さて、昨日のブログでちょっとご紹介した「白すぎ城」ですが、

「一体、誰が建てたお城なんだ??」

って疑問に持たれた方もたくさんいるのではないでしょうか?



まー何を隠そう私もですが(笑)



という訳で、UNICOの特攻隊長こと猫次郎に

「YOU、ちょっと行ってきなよ!!」

ってな感じで調査に送り込みました!!






どん!



どどん!


どどどん!



どどどどん!!


どどどどどん!!!





(猫)「ただいま戻りました!!」


(虎)『それで、誰が建てたか分かったかい?』


(猫)「はい!大工さんです!

あっ、間違えました!!

この人です! ↓↓↓」







【しろまるひめ】

※説明しよう!しろまるひめとは・・・

性別:女の子
誕生日:4月6日(しろの日)
性格:体と同じく柔軟で優しい
チャームポイント:色白のもち肌
好きな食べ物:和菓子(特にお団子には目がない)
   ただし現在ダイエット中。

(虎)『へ~そっか~ずいぶんかわいいんだね☆』

『って、そんな訳あるか~!!』



『もういい、自分で調べる!!!」




姫路城の始まりは、1346年南朝正平元年、北朝貞和2年)の赤松貞範による築城とする説が有力 
(ふむふむ)
戦国時代後期から安土桃山時代にかけて、黒田氏羽柴氏城代になると、山陽道上の交通の要衝・姫路に置かれた姫路城は本格的な城郭に拡張され、関ヶ原の戦いの後に城主となった池田輝政によって今日見られる大規模な城郭へとさらに拡張された。
(ふーん、リフォームされて大きくなったんだね~)
(秀吉もいたこともあるし、"A部長"の出身地でもある常総市で有名な千姫様も住んでたんだって)

昭和に入り、太平洋戦争において姫路も2度の空襲被害があったものの、大天守最上階に落ちた焼夷弾不発弾となる幸運もあり奇跡的に焼失を免れ、現在に至るまで大天守をはじめ多くの城郭建築の姿を残している。
(へー)

※すべてwikipediaより


『うむ。とりあえず、歴史的に価値があることはわっかりました!!』







珍しく、まじめに書いたら(?)おなかがペコペコになりました・・・


今回はこの辺で。。。


次回「黒田官兵衛編」をお楽しみに☆


※時期は未定の予定です(;´∀`)

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